アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


何事かと見れば、黒髪を綺麗にバックに流し、銀縁の眼鏡を掛けた背の高い男性が研究所のお偉いさん方を引きつれ社食の入り口に立っていた。


あれは、大嶋常務……朝礼では、二時過ぎに到着予定だって言っていたのに、もう着いたの?


まさか常務が社食に顔を出すなんて誰も想像していなかったから、食事中の社員は全員パニック。唯も箸を持ったまま体を硬直させ、間の抜けた顔でポカンとしている。


そうこうしていると大嶋常務が各テーブルをまわり、社員一人ひとりに声を掛け始めた。


「紬、大嶋常務がこっちに来るよ。これってチャンスだよね?」


さっきの鬼のような形相はどこへやら、まるで別人ようにしおらしく俯き、お得意の上目遣いで可愛らしさをアピールしている。


そして大嶋常務が私達のテーブルの前にやって来ると、コバンザメみたいにくっ付いていた山辺部長が常務に何やら耳打ちをし、こちらをチラッと見た。


すると大嶋常務が右手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げ、私の顔を覗き込んでくる。


「ほーっ、君が並木主任の恋人ですか?」


えっ……どうして並木主任?


予想外の質問に驚き、恋人ではないと否定するのも忘れ大嶋常務を凝視する。


「随分と仲がいいようで……彼は元気にしていますか?」

「あ、いや、仲がいいワケでは……」


慌ててブンブンと首を振るが、大嶋常務は眩しい笑顔を残して隣のテーブルに行ってしまった。


「ねぇ、今のなんだったの?」


唯が不思議そうに聞いてくるけど、私にも何がなんだか分からない。