アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


この熱い想いを吐き出してしまいたいという衝動に駆られたが、結婚話まで出ている並木主任に私の気持ちを伝えたところで困惑されるだけだと分かっていたから、何も言わず口を噤む。


そんな私の気持ちなど知る由もない並木主任は「じゃあな」と軽く右手を上げ、運転席の窓を閉める。けれど、半分ほど閉まった窓が再び下がりだした。


「あ、そうだ。大事なことを言い忘れてたよ。お前の家を出た後に本社から電話があってな、今から本社へ出張することになったんだ。多分、今日は帰れない。翔馬に家庭教師は休みだが、過去問をしっかり解いておけって言っといてくれ」


東京……そのワードを聞いた瞬間、胸がズキンと痛んだ。


並木主任、東京に泊まるんだ……彼女と会うのかな? めったに会えない遠距離恋愛だもの。絶対会うよね。


「はぁーっ……」


走り出した社用車が白い息で霞むくらい大きなため息を付くとペダルを踏み込み会社へと急ぐ。


しかし頭の中は並木主任と彼女のことでいっぱい。そんなだから、会社の玄関で唯に声を掛けられたのも気付かなかった。


「ちょっと~紬ったら、ガン無視?」

「あ、唯……おはよう」

「ったく……アンタさぁ、さっき並木主任と話してたでしょ?」


唯は、あんな目立つ場所で話していたら、並木主任ファンの女子に恨まれると呆れ顔。


「私と並木主任、そんなに目立ってた?」

「当たり前でしょ? 私の前を走ってた車も速度を落としてずーっと見てたよ」

「うそ……」