アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


「君も早く会場に戻りなさい」


顔を引きつらせた社長がCEOと肩を並べ歩き出すと、近くに居た社員を押し退け、愁がゆっくり近付いて来る。


きっと愁も怒っているだろうな……


何を言われても言い訳はしない。怒鳴れたらひたすら謝ろう。そう心に決めていたのに、愁は怒るどころかニッコリ笑って私の頭をクシャリと撫でた。


「CEOを拉致るとは、いい度胸してるな。で、CEOとどんな話しをしていたんだ?」

「そ、それは……」


本当のことなんて言えるはずがない。どうやって言って誤魔化そうかと考えていたら、宴会場の扉を開けた社長が愁を呼ぶ。


私の答えを聞くことなく速足で歩き始めた愁だったが、急に立ち止まり、妙なことを聞いてきた。


「あの温泉、今日は定休日じゃなかったよな?」

「はぁ? 温泉?」

「あ、あそこは年中無休か……」


おそらく愁が言ったのは、私の地元のあの温泉。でも、なぜ今ここで温泉?


でも、それを確かめる間もなく愁は社長とCEOが待つ入り口へと駆け出し、薄暗い宴会場を出て行った。


そして私も重い足取りで会場に戻ったのだけれど、扉を開けた瞬間、他の社員の刺すような冷たい視線が四方八方から飛んでくる。


当然だよね。社員の人達にしてみれば、私の行動は全くもって意味不明。何やってんだって感じだよね。


愁の為とは言え、社員の皆に迷惑を掛けたことは事実。申し訳ないという気持ちで俯いていると、唯が怖い顔で走って来た。


「紬! アンタ、自分が何をしたか分かってるの?」

「ごめん……どうしてもCEOとふたりっきりで話しがしたくて……」