皆はまだ"ちょっとした発表"のことが気になっているようで、根本課長から聞き出そうと頑張っている。そんな中、私はこっそりタイムカードを押し、ひとり秘書課を後にした。


そうだ。電話しなくちゃ……


心は大いに乱れ動揺していたが、山辺部長のことも気になる。


会社のビルを出た所でスーツのポケットからスマホを取り出し、山辺部長の名前をタップしようとした。でもその時、栗山さんと元木さんがビルから出て来る姿が視界に入り、慌てて指を止める。


「新田さん、どうしてひとりで帰っちゃうのよ~駅まで一緒行こ?」

「あ、うん……」


栗山さん達が居ては電話はできない。諦めてスマホをポケットに戻して歩き出したのだけれど、やはりふたりもさっきの根本課長の発言に興味があるようで、その話題で盛り上がっている。


「あれは絶対、後継者の件ですよ。正式に八神常務が次期社長だって発表するんじゃないですか?」


元木さんが力強く断言するも、栗山さんは時期尚早だと否定的だ。


ふたりの意見が噛み合わないまま駅の近くまで来ると、栗山さんは友人と約束があるからと言ってタクシー乗り場へと歩いて行く。が、途中で振り返り「どちらにせよ、設立発表会は楽しみだね」って声を弾ませる。


しかし私は笑顔を返すことができず、微妙な表情で手を振るのが精一杯だった。すると同じく手を振っていた元木さんが隣でボソッと呟く。


「栗山さんって最近、よく笑うようになりましたね」

「えっ?」

「少し前までは、暗い顔をして考え込んでることが多かったから、例の彼氏と揉めてるのかなって心配していたんです」