「誰が言ってたんですか?」

「う、うん。社長の奥さんがそんな話しをしていたって聞いて……」

「ふーん、じゃあ、今度聞いてみますね」


しかしこの日を境に、早紀さんの名前が私のスマホのディスプレイに表示されることはなかった。それが何を意味するのか……容易に想像が付く。


夜中にふと目を覚せば、無意識にシーツを探り、隣に居るはずのない愁の温もりを探している。


愁……私ひとりじゃ、このベッドは大き過ぎるよ。


彼の居ない寂しさに、自分が今どんな状況に置かれているか全く分からないという不安が加わり、胸が押し潰されそうになる。


でも、日が経つにつれ私の考えは徐々に変わっていったんだ。


ずっと自分は不幸だと落ち込んでいたけれど、それは違うのでは……私は決して不幸ではない。そんな気がしてきた。


タワーマンションのペントハウスに住み、一度は諦めた憧れの秘書の仕事に就くことができた。何より、もう二度と会うことはないと思っていた愁と再会し、恋人になって彼に抱かれた。


これ以上、何を望むというの? もう思い残すことなんてないじゃない。全ての夢が叶った私は、幸せだったんだ……


だから決心した。合同会社の設立を無事見届けたら、会社を辞めて実家に帰ろうと……バイオコーポレーションの後継者になった愁に、私は必要ない。


そしてこの一ヶ月の出来事を、夢を見ていたんだと思うことにした。そう、私はとても幸せな夢を見ていたんだ――