アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


「研究所の方では、俺が情報漏洩をして左遷されるって噂が流れていたからな、姿を消すにはちょうど良かった」


けれど、社長から提示された期限は、たったの一年。その限られた時間内で結果を出さなければならない。八神常務は世界中を飛び回り、寝る間も惜しんで交渉を続け、やっとアメリカやヨーロッパ、そしてアジア各国の製薬会社と合同会社を設立するところまでこぎつけた。


「日本でバイオコーポレーションと言えば、誰もが知っている大企業だが、海外での知名度はまだ低い。なかなかアポが取れず苦労したよ」


当時を思い出し苦悩の表情を浮かべた八神常務が前髪をかき上げ、再びソファーに体を沈める。その時、彼の薬指に光るシルバーの指輪が目に留まった。


「その指輪……」

「んっ?」

「私、その指輪を見て八神常務が結婚してるって確信したんです。結婚していないのに、どうして指輪してるんですか?」


八神常務は左手を目の前にかざし、まるで自分が指輪をしていることを忘れていたかのように「あっ」と声を上げる。そして微かに笑うと薬指からゆっくり指輪を引き抜いた。


「この指輪はアメリカの製薬会社のCEOを取り込む為の重要なアイテムだったんだ」


合同会社を作る上で一番重要だと考えていたアメリカの大手製薬会社は、なかなかいい返事をくれなかった。なんとかCEOをその気にさせる手はないかと思案していたら、初めてCEOと面会した時に言われた、三十歳を過ぎて結婚もしていない人間は信用ならないという言葉を思い出す。