「温泉……ですか?」
「そうだ。お前の亡くなった父親の話しをした時、住んでいる国に関係なく平等に治療が受けられるようにする。そう約束したじゃないか」
「あっ、そのことなら覚えてます。でも、あれは……」
そう、あれは納得いかない形で父親を亡くした私に同情した八神常務が、慰める為に言ってくれた言葉だと思っていた……まさかあれ、本気で言ってたの?
「こっちはお前の願いを叶える為に真剣に考えて決断したのに、冗談だと思っていたのか?」
正しくそれだ。完全に冗談だと思っていた。だって、そんなこと絶対にできるはずないもの。
しかし八神常務は、そのできるはずがないことを成し遂げようとした。
彼が社長と養子縁組の手続きをしていた時、後は書類に判を押すだけという段階になって、この判を押す前にどうしても聞いて欲しいことがあると切り出した。
それは、バイオコーポレーションの医薬品業界への本格参入の件。今まで医薬品メーカーと共同で薬用化粧品の開発などはしてきたが、単独での商品開発はしてこなかった。
役員会議でも医薬品部門を新設し、新たな事業展開を行っていくべきだという意見が出るようになり、何度も議題に上ったが、社長が反対して立ち消えになっていたそうだ。
「社長はどちらかというと保守的な人だからな。無謀な賭けはしたくなかったんだろう。莫大な資金を投入して医薬品部門を立ち上げても成功するとは限らない。コケたら大事だからな」



