山辺部長と視察企業の人の会話は情報漏洩の証拠とまではいかないが、限りなく黒に近いグレーだった。
山辺部長は乳酸菌について熱く語り、興味があるなら会社ではなく自分に直接連絡をして欲しいと話していたそうだ。
「でも、そこまで怪しいのなら、山辺部長を直接問い詰めるとか、いっそのこと解雇にすればいいのに……」
「う……ん、できるものならそうしたいところなんだが……色々のっぴきならない事情があって山辺部長を切ることはできないんだよ」
その事情とは、山辺部長の奥さんの父親が先代のバイオコーポレーションの社長と共にこの会社を立ち上げた共同経営者だったから。
「バイオコーポレーションは、今の社長の父親と山辺部長の奥さんの父親が心血を注いで築き上げた会社なんだ」
野心家だった先代の社長とは対照的に、山辺部長の奥さんの父親は肩書には全く興味のない人で、自分は表に出ることなく参謀として裏方に徹し、先代を支えてきたそうだ。
そして六十歳になると先代が引き止めるのも聞かず『自分の仕事は終わった』そう言ってあっさり会社を辞めてしまった。
晩年の先代は『あの男が居なければ、今のバイオコーポレーションはなかった』というのが口癖で、亡くなる直前まで褒め称えていたらしい。
そんなこともあり、社長が代替わりした今でも現社長は山辺部長の奥さんの父親を尊敬し、心の底から感謝していた。
すると十年程前、山辺部長の奥さんが訪ねてきて、自分の夫がリストラに遭い職を失ったので、バイオコーポレーションで雇ってくれないかと言ってきたそうだ。



