「そこのところは抜かりなくやってるよ。お前と話す前、それらしいことを匂わせておいたって言ってたからな」
まるで真犯人が誰か分かっているような言い方。いったい誰に聞かせるつもりだったんだろう……
首を傾げ八神常務を見つめると、彼は勿体ぶるようにフッと笑いソファーに腰を下ろす。
「分からないのか? お前が大嶋常務と話した後、会っているはずなんだがな」
「えっ、私、その犯人に会っているんですか?」
頭の中をフル回転させあの時の記憶を呼び起こすと、私が会議室を出ようとした時の光景が目に浮かんだ。
……あの時、ドアの前に居たのは……「――山辺部長?」
ソファーの背もたれにもたれ掛かっていた八神常務が体を起こし、私を指差して大きく頷く。
「ほぼほぼ、間違いないだろう」
「あっ、だから八神常務は料亭で山辺部長の部屋の前に居たの? 情報漏洩の現場を押える為に……」
「なかなかいい感してるな。あの日、山辺部長が海外から視察に来た企業を料亭で接待するって聞いてチャンスだと思ったんだよ。でも、料亭にひとりで行くってのもなぁ……だからお前を誘ったんだ」
「そこでも私を利用したんですか?」
「早く言えばそうなるな」
これでやっと分かった。あの強引なキスは、盗み聞きを誤魔化す為のカモフラージュだったんだ。
私にとってあのキスは人生初のキス。ファーストキスだったのに、咄嗟の思い付きでキスされたのだと思うと、なんだか複雑な気持ちになる。
「どうした? 浮かない顔して」
「なんだもないですよ。それで? 会話は聞けたんですか?」
「まぁ、一応な」



