アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


八神常務が翔馬と早紀さんに目配せすると、ふたりは察したように小さく頷きリビングから出て行く。


その後ろ姿を目で追っていた八神常務は、ふたりの足音が消えたのを確認して話し出した。


「俺が迷っていたのは結婚じゃない。バイオコーポレーションの社長の養子になって後継者になるか、このまま研究者として生きて行くか、それを迷っていたんだ」


八神常務が放線菌の採取の為、私の居た研究所に異動願いを出した時、事情を知った社長が八神常務を呼び言ったそうだ。


希望を叶えてやる代わりに、ふたつ条件を呑めと……


ひとつは、目当ての放線菌が見つかったら本社に戻り、自分の養子になって会社を継ぐこと。そしてもうひとつは、バイオコーポレーションの内部情報が他社に漏れている件を調べるという極秘任務。


例の乳酸菌サプリの件が表沙汰になる前にも同じようなことがあり、当初は本社から漏れたのだと思われていたが、乳酸菌サプリの商品化データが本社に届く前に他社が特許申請をしていたことが分かり、疑いの目は研究所に向けられた。


早々、秘密裏に調査を開始したのだけれど、その動きが情報漏洩者に伝わっているとしか思えない出来事が頻発し、本社に協力者が居るのではという疑いも浮上した。


「社長は誰も信じられない状態で追い詰められていたんだ」

「だから八神常務がこっそり調査していたんですか?」

「そういうことだ。でも、なかなか証拠を掴めなくてな……」


そこで社長が考えた次の一手は、八神常務を情報漏洩の犯人に仕立てるということだった。