「じゃあ、さっきリビングに入ろうとしていた八神常務を必死に引き止めていたのは誰? 後ろめたいことがなければ、あんなに一生懸命止めたりしないでしょ?」
「ヤダ~あれは、お姉さんがすっごい怖い顔で翔ちゃんを連れて行ったから邪魔しちゃ悪いかなって思ったからで、別に後ろめたいことなんて何もないですよ」
早紀さんに動揺の色は見えない。しかしどうしても納得いかず、疑惑の目で早紀さんをジッと見つめ、同時に八神常務の様子も窺う。そんな私と目が合った八神常務が腰を折って顔を覗き込んできた。
「ったく、お前、相変わらずだなぁ~。いいか? 俺は結婚なんかしてない。独身だ」
「う、うそ……そんなはずは……」
思ってもみなかった言葉に私の頭の中は大混乱。
「なんで俺が結婚したことになってんだよ?」
「だって、八神常務が引っ越した日、彼女と社宅の前で話してたじゃないですか。東京に戻ったら結婚式だって……」
「社宅の前って……お前、あの日、社宅に来てたのか?」
「あ……」
未練たらしく八神常務を追って社宅に行ったなんて絶対知られたくなかったのに、動揺して口が滑ってしまった。
しかし八神常務が早紀さんと結婚したと思った理由はそれだけじゃない。それ以外にも思い当たることは多々あった。
あれが全て私の勘違いだったって言うの? だったらちゃんと説明して納得させて欲しい。
高ぶった感情のまま、その疑問の全てを吐き出すも、八神常務は終始呆れ顔で時折ため息を漏らしていた。



