アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


「八神常務……どうして?」


リビングの入り口で腕組をし、超不機嫌な顔でこちらを睨んでいるのは、夢でも幻でもない。間違いなく八神常務だ。でも、根本課長達と二次会に行った八神常務がなぜここに居るの?


この状況が理解できず目を見開き放心していると、八神常務を追ってリビングに入って来た彼女が彼の腕を引っ張り悲痛な叫び声を上げる。


「ダメだよ。愁君!」


けれど八神常務は廊下へと引き戻そうとする彼女の手を振り払い大股で近付いて来ると地の底から響いてくるような低い声で「どういうことだ?」と呟く。


彼が問うているのは、おそらく奥さんである彼女と翔馬の関係。


八神常務はふたりの仲を疑い興信所を使って彼女の行動を監視していたのかもしれない。そしてふたりがこのマンションに入ったと連絡を受け飛んで来た。


八神常務の静かな怒りが最悪の事態を想像させ私を震え上がらせる。


このままでは、間違いなく修羅場になる……


愚かな弟を持ったことを心の底から後悔したけれど、そんな愚かな大バカ野郎でも翔馬はたったひとりの可愛い弟。私が守らなくては……


「ち、違うんです。翔馬は奥さんとは何も……」


翔馬の潔白を訴えようとしたのだが、八神常務が私の唇の前に人差し指を突き立て「お前、何言ってんだ?」って不思議そうな顔をする。


「だから、翔馬は不倫なんてしてないの。信じてください」

「不倫? なんだそれ?」

「えっ……八神常務、翔馬がしたことを怒っているんじゃあ……」