並木主任の腕を力一杯引っ張り、夢中でドアに向かって歩き出したのだけれど……


あれ? なんかおかしい。


手ごたえの薄い妙な感覚に眉を顰め振り返れば、すぐ後ろに居るはずの並木主任が遥か彼方に立っていて、片方のセーターの袖がビョ~ンと伸びている。


どうやら腕を引っ張った時に掴んでいた腕がすっぽ抜け、セーターの袖だけを思いっきり引っ張ってしまったようだ。


「お前なぁ~このセーター高かったんだぞ!」

「ひぃ~すみません」


床に付くくらいだらしなく伸び切った袖を振り回し並木主任が怖い顔で近付いてくる。身の危険を感じ、咄嗟に頭を抱えて防御の体制を取るが、いつまで経っても予想していたゲンコツは落ちてこない。


不思議に思い薄目を開けた次の瞬間――私は彼の胸の中に居た。


フワリと抱き締められ、あの懐かしい香りが私を包む。そして並木主任は「……会いたかった」と囁き、熱い吐息で私の髪を揺らす。


「うそ……」

「嘘じゃない。会えない間、ずっとお前のこと考えていたんだぞ」


結婚した並木主任が私のことを考えてたなんて……そんなの絶対嘘だ。


からかわれていると分かっているのに、意味深な言葉に素直に反応して心臓が大きく高鳴る。そんな自分が凄くイヤで並木主任の胸を押した。


「……ふざけないで」

「ったく……相変わらずだな。一年ぶりに会えたんだ。もっと喜べよ」

「はぁ? どうして私が並木主任との再会を喜ばななきゃいけないんですか? そんなことより、常務が戻って来る前にここから出てってください!」