アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


その声に仰天し、後ろに飛び退き身を屈めて様子を窺っていると、デスクの下から頭を押さえた男性が姿を現した。


えっ……常務、そんな所に居たの?


あのクールな大嶋常務が、なんてマヌケな登場の仕方してんだろう。イメージだだ下がりだな……と呆れつつデスクに駆け寄り声を掛ける。


「大嶋常務、大丈夫ですか?」


だが、振り返った人物の顔を見た瞬間、私は完全にフリーズして頭の中が真っ白になった。


「うそ……でしょ?」


ぶつけた頭を擦りながら、もう片方の手にボールペンを持ち私を見つめているのは、もう二度と会うことは叶わないと思っていた愛しい人……


「よう、久しぶりだな」

「並木主任……どうして?」

「んっ? ちょっと色々あってな。やっとこっちに戻って来たんだ」


それはつまり、禊が終わってへき地から本社に戻って来たってこと? えっ……でも、並木主任の名前は社員名簿から消えてたんじゃなかった?


見れば、彼はセーターにジーンズという超ラフな格好をしている。もしや解雇されたことを恨んで本社に忍び込み、自分を疑った常務に仕返しをしようとデスクの下に隠れていたとか?


もしそうなら、常務が戻って来てたらマズい。この常務室が修羅場と化し血の海に……なんて事態になったら取り返しがつかない。


並木主任を犯罪者にはしたくない。その一心で彼の腕を掴み低い声で怒鳴る。


「早まらないで! バカなことしちゃダメです!」

「バカなことってなんだよ?」

「なんでもいいから、ここから出てって!」