根本課長が私を他の社員に紹介し、今度は私が挨拶をしようと姿勢を正した時だった。課長のスマホが鳴る。電話に出た課長はすぐに「分かりました」と言って通話を終わらせ、キリリと引き締まった顔で私を見た。
「新田さん、早速で悪いんだけど、常務室に行ってくれる?」
「常務室……ですか?」
「えぇ、常務があなたに会いたいらしいわ」
そうか、私を本社の秘書課に呼んでくれたのは常務だったんだ。誰よりも先に挨拶しなきゃいけない人だよね。
常務室は、秘書課を出て廊下の突き当りの右側の部屋だと教えられ、小走りで常務室に向かったのだが、その途中、常務にお礼を言うべきか否か迷っていた。
今回の異動は私が望んだものじゃない。でも、夢だった秘書の仕事ができるんだから感謝した方がいいのかな?
複雑な気持ちのまま重厚なドアの前に立ち、一呼吸置いてノックをする。
「新田です。失礼します」
しかし返事はない。こんな分厚いドアだから外の声は聞こえないのかなと勝手に判断してドアを開けると十畳ほどの部屋に応接用のソファーがあり、その向こうの窓際に大きな木製のデスクが見えた。
しかし常務の姿はどこにもない。もしや部屋を間違えたのではと焦ったのだけれど、デスクの上にあるプレートに刻まれているネームは"大嶋常務"だ。
常務室に間違いない。……ってことは、トイレにでも行ったのかな?
そう思った時、デスクの下でゴンという鈍い音がして間髪入れず「痛って~」という叫び声が聞こえた。



