「ちょっと出掛けてくる」
「へっ? どこ行くのよ」
「野暮なこと聞くなよ。今日はイヴだぜ」
「あ……」
そうだった。今日はクリスマスイヴ。恋人が居ない私には全く関係のないごく普通の日だけど、彼女が居る翔馬には特別な日なんだ。
さすがに引き止めることができず、無言で翔馬を見送ると、また宝石を散りばめたような夜景を眺めたのだが、さっきまでの感動は、もうない。
羨ましい……心の底からそう思った。彼氏なんて作らないと決めたのに、こういうイベントの日はダメだ。決心が揺らいで無性に寂しくなる。
あの人も、大切な女性とイヴの夜を楽しんでいるんだろうか……
――翌日、スマホのアラーム音が鳴る前に目覚めた私は、暫くキングサイズのフカフカのベッドの上で、まだ見慣れない真っ白な天井を眺めていた。
いよいよ今日から本社秘書課の一員だ。気合いを入れて頑張らなきゃ。
ひとつ大きな深呼吸をして起き上がるとリビングに行き、吸い寄せられるように窓際に立つ。眼下には昨夜とはまた違った都会の景色が広がっていて、改めて東京に来たんだなぁと実感する。
どうやら翔馬はまだ帰ってないようだ。姉が上京したその日の夜に外泊だなんて、なんて薄情な弟なんだろう。結局、家族より彼女の方が大事ってことか……
苦笑いを浮かべキッチンの大きな冷蔵庫を開けると、見事に何も入ってない。仕方なくトーストとコーヒーで朝食を済ませ、出勤準備に取り掛かる。
今日の為に新調したグレーのスーツに着替え、キャリーバッグから取り出したのは、あのオフホワイトのヒール。並木主任が買ってくれたヒールだ。



