必死で自転車をこぎ、社宅に向かうが、大体の場所は把握していたものの入り組んだ路地で完全に迷子になってしまった。


焦っているからよけいワケが分からなくなる。そして同じ場所をぐるぐる回っていることに気付いた時、やっと思い出したんだ。私は方向音痴だったってことを……


道を歩いている人に片っ端から声を掛けて社宅の場所を訊ねる。そしてようやく近くまでやってきた頃には、冬だというのに汗だくだった。


あの角を曲がれば、社宅が見えるはず。


並木主任の驚く顔を想像しながらスピードを落とし、一旦、停まって角の向こうを確認すると、引っ越し屋さんのトラックが停車しているのが見えた。腕時計を確認すると一時四十五分。まだ出発まで十五分ある。


よし! と気合いを入れてペダルに足を掛けた時だった。社宅の玄関のドアが開く。


「あっ……並木主任」


会いたかった並木主任がすぐそこに居る。なのに私はペダルを踏み出すことを躊躇っていた。その理由は、彼の隣りに女性が居たから……


その女性は、私が以前借りたあの黒のジャージを着ていた。ということは、あの女性(ひと)が並木主任の彼女?


背は私と同じくらいだろうか? あまり高くはない。でも……私よりずっと若い。


透けるような白い肌に、くっきり二重の大きな瞳。ポニーテールの栗色の髪を揺らしながら、並木主任の腕に自分の腕を絡め弾けるような笑顔で彼を見つめている。


もっと大人の女性を想像していたのに……二十歳そこそこの若い娘だったなんて……


瞬きするのも忘れふたりの様子を窺っていると、彼女が並木主任にもたれ掛かるように体を密着させ、甘ったるい声で言ったんだ。