玄関に行った母親の「並木さん、お帰りなさい」という声が聞こえ、驚いた私はアタフタと居間を徘徊し始める。
ヤバっ……今度こそ本当に並木主任だ。でも、まだ九時半だよ? 帰って来るの早過ぎない?
心の準備ができていない状態で母親と並木主任が居間に入ってきたから、なかなか顔を上げることができず、下を向いたまま視線だけを泳がせていた。
そんな私の横で母親が並木主任に、翔馬の具合が悪いと説明し、インフルの疑いがあるので別の部屋で寝て欲しいとお願いしている。
「でもね、ウチは狭いから……」
母親はそこまで言うと凄い目力で私を凝視してニヤリと笑う。その瞬間、とてつもなくイヤな予感がして気持ちの悪い汗が噴き出してきた。
母さん、まさか……良からぬことを考えているんじゃあ……
そのイヤな予感は見事に的中。母親が並木主任に向かって「紬の部屋で寝てくれる?」ってサラッと言ったんだ。
私の了解も得ず、なんで勝手にそんなこと言うのよ!
このまま黙っていたら本当に並木主任と一緒に寝ることになってしまうと思い、意を決して口を開く。
「あぁ……そうだ。並木主任には居間で寝てもらうっていうのはどう? 私の部屋はフローリングだから冷えて寒いし……でも、居間は絨毯だもの。絶対にこっちの方が暖かいよ」
精一杯の抵抗だったが、並木主任の「居間は落ち着かないなぁ~」の一言で提案は即座に却下され、私の部屋に並木主任の布団が運び込まれる。



