アイツが仕掛ける危険な罠=それは、蜜色の誘惑。【完】


自信満々で翔馬なら絶対大丈夫だと断言する並木主任。もちろん翔馬の受験は気掛かりだったけれど、今の私は、後一週間で並木主任が居なくなるという衝撃の事実を受け入れることができず呆然としていた。


「それまでは、恋人ごっこも継続だ。ちゃんとイチャイチャしろよ」


恋人ごっこ……か。残念ながら唯の勘はハズれていたようだ。やっぱり並木主任は私のことなんてなんとも思っていない。


切なさで心が壊れそうだったが、必死で口角を上げ笑って見せる。


食事が終わると並木主任は翔馬の勉強を見てくると言って二階に上がり、ひとり残された私は焦点の合わない目で並木主任が座っていた椅子を眺めていた。


「そんなの……無理だよ」


もうすぐ他の女性と結婚する並木主任と平気でイチャイチャできるほど、私は人間ができてない。


もうこれ以上、傷付くのはイヤ……


完全に失恋したと分かったこの時から、並木主任の姿が視界に入るだけで辛くて……その辛さから逃げるように並木主任を避けるようになっていた。


家ではなるべく顔を合わさないよう、並木主任が仕事から帰って来る前に自室に行き、朝は彼が起きてくる前に家を出るようにしていたが、問題は会社だ。彼の助手をしている限り関わらないワケにはいかない。


しかしラッキーなことに、異動があまりにも突然決まったものだから、並木主任は担当していた研究の引き継ぎに掛かりっきりになり、私が補助しなければならないような事務的な仕事は殆どなかった。


そうなると必然的に社内で顔を合わす機会も減っていき、一日、全く顔を見ない日もあった。