超絶お金持ちのはずの東吾は、庶民の味にも一切抵抗はないらしい。むしろ普段の食事は質素で、スーパーにも普通に行くし、時間のある時は自炊しているというから驚いた。

「だって俺、小学生の時までは筋金入りの貧乏だったもん」

 二人で過ごすようになって、時折語られる東吾の過去は、人によっては悲惨に感じられるかもしれないけど、当の本人は至って飄々としていた。

「父親が誰かなんて知らなかったしな。母親も働いてたけど病気がちだったし、電気とか水道とか止まったこともあったし。なんとかこうとか日々送ってたって感じ」

 それでも、実のお母さんの話をする東吾は、いつもうっすら微笑んでいた。

「それでも楽しかったけどな。近所の悪ガキと日がな一日駆けずり回って遊んで、家事は分担してたからスーパーの特売を巡ったり、近所の商店街の人が安く譲ってくれたり。花が好きな人だったから、その辺から摘んできたりしてたな。だから花屋に売ってるような立派なやつは縁がなくて」

 幼い頃の記憶を辿るのは、東吾にとって幸せな作業なんだと思う。

「上條の家に引き取られて、生活は百八十度変わったけど、変わって嬉しいと思うことはほとんど無かった。ずっと引きこもって勉強ばかりしてた。周りからもそれを求められてたし」

 上條の家は、東吾を望んで受け入れたようには到底思えなかった。
 どんな事情があって彼が上條東吾を名乗ることになったのか、深くは聞けなかったけど。

 今は時候の挨拶程度でしか、本邸には足を踏み入れないという。まだ自室は残っているようだし、利便性はあちらに住む方が格段にいいのだろうけど。

「あそこは俺の家じゃないから」


 上條邸は東吾を囲う檻のようなものなんじゃないだろうか、と思った。


 だから一人で住む部屋には、このお日様の香りがする部屋を選んだんじゃないかと思う。
 自然の風と、住んでいる人たちの息遣いを感じられる部屋。