その日は一日、彼女と過ごすことになっていたので、少し遅めにチェックアウトした後、彼女のリクエストに付き合った。ここはご令嬢らしく、美術館の特別展示を鑑賞する。芸術への造詣は深いらしく、作家のちょっとしたエピソードを披露してくれるさまは、微笑ましく思えた。

 夕食をとり、今日は早めに自宅まで送り届ける。

「父と母がご挨拶を、と。少し上がっていきません?」
「いえ、申し訳ないですが、社に戻りたいもので。今日はこれで失礼します」 

 本当はご機嫌伺いに寄るべきなんだろうけど、今日は少し疲れていた。お茶への誘いは丁重にお断りして、車に戻る。

 家の前で見送ってくれている姿をバックミラー越しに確認しながら、疲れと共に大きな息を吐いた。

 運転席の松原が、珍しく声をかけてくる。

「正直、驚きました。あのホテルをお使いになるとは思いませんでしたので」

 ほんの少し、非難するような色を感じて、思わず苦笑する。

「なあ。……なんでだろうな」

 彼女を……雅を初めて抱くのに、あのホテルを選んだのは何故なのか、自分でもよくわからなかった。記憶を上書きしたかったのか、特別な意味を持たせたくなかったのか。どちらにしろ、後味は良くなかった。もうあのホテルを訪れることはないだろう。