「社長でも御曹司でもなくなるけど。それどころかしばらく無職だけど」

 ちょっとおどけた言い方に、ふっと空気が和らいだ。
 柔らかく細められた眼差しが、真っすぐに向かってくる。


「里香。俺と結婚してください」


 心の中にふわりと舞い上がった暖かな感情が全身を満たしていって、笑顔とともに、勝手に涙が一粒溢れた。


「はい」


 答えた私の頬に、東吾の手が添えられる。
 そのまま顔が近づいてきて……。

「へっくしゅ」

 目の前で止まった。

 二人同時にばっと玄関のほうに振り向くと、細く開けられた隙間から覗いている人影が三つ。

「ちょっとバカ、なんで今くしゃみするの!」
「仕方ねえだろ出ちまったんだから」
「早く雪どけないと遅刻するんだけどなあ……」

 何とものんきに言い合う姿に、プロポーズの感動も、それを目撃された恥ずかしさも吹っ飛んで、ただただ脱力してしまう。

「……うちの両親と弟です」
「……とりあえず挨拶させて」

 東吾と目を見合わせて、どちらからともなく笑い合う。

 異常寒波が過ぎ去ったあとの空からは、温かな陽の光が雲の隙間から差し込んで、真っ白な雪の世界を眩しく照らし出していた。