「婚約破棄を申し入れます。あなたなんてこちらから願い下げ」
「……雅さん」
「ご安心なさって、東京国際銀行との取引は婚約とは別の話です。お父様は三星と上條製薬の将来性に投資すると決めたの、私たちがどうなろうと関係ないわ」

 俺が負うべき責任を、次々と彼女が請け負っていく。男として情けないと同時に、彼女の懐の深さに頭が下がる。
 ありがとうございます、としか答えられなかった俺に、いっそ晴れ晴れとした様子で言った。

「私、ようやく気が付いたの。私が好きになったのは、里香さんのことが好きな東吾さんだったんだわ」
「あなたの将来に不利益な傷がつくことになりませんか」

 俺たちの婚約はもう多方面に知れ渡っている。それが急に破棄になって、かつ俺がすぐに別の女性のもとへ行けば、おかしな詮索をしてくる人間もいるだろうと危惧したけれど。

「あら。私が、あなたを、見限ったのよ。私に傷なんてつかないし、そもそもそんなことを気にする人間は私の周りにはいませんわ」

 彼女の強さの前に、そんな心配はかえって失礼だ。彼女ならきっと、そんな人間など鼻先であしらってしまうに違いない。