確かにうちの会社は年々業績が悪化して、昨年はついに赤字を出した。でも上條社長が就任したってことは、その業績悪化を何とかして食い止めようとしているわけで、見捨てる方向とは逆だと思うんだけど。
「それなんだけどさあ」
真木は私をちらりと見ると、急に小さな声になって顔を近づけてくる。
「上條社長、父親に嫌われてるらしくてさ。体のいい厄介払いされたって噂」
「ええ?」
驚く私に真木はなおも続ける。
「上條社長……東吾社長の父親の真彦(まさひこ)社長は、長男の真人(まさと)さんに自分の後を継がせたいわけよ。だけどほら、真人さんの評判っていまいちじゃん?」
真人さんは今は上條ケミカルで常務職についているけど、能力についてはあまりいい話を聞かない。典型的なお坊ちゃん気質で、常務の肩書も名前だけだともっぱらの噂だ。
「東吾社長に継がせた方がいいんじゃないかって声もやっぱり出るわな。それでまずいと思った真彦社長が、うちの会社を東吾社長に押し付けて、業績悪化を理由にうちの会社ごと潰そうとしていると」
「それはどうかなあ」
寝耳に水の話で驚いたけど、あまり信憑性の感じられない話だとも思う。
「真彦社長、辣腕家で有名だし、長男に拘るなんて生産性のないことするかな? 東吾社長が仕事ができる人だっていうのは明らかなんだし、率先して東吾社長を推しそうな気もするけど」
「でも今のうちの会社見てたらさ、そう簡単に業績回復しそうにないじゃん。そんな会社の社長に自分の息子を置くか? 普通」
「それは東吾社長の腕を信用して」
「うちの頭かったいプライドの権化どもは、若造がなに偉そうにってバカにしてるぜ」
