「雅さんは本当に博識だこと。勉強家なのね」
「興味が湧いたら調べずにいられない質なんですの。好奇心が旺盛すぎて、ちっとも大人しくしていないと父からは呆れられます」
「あら。これからの女性は行動力こそ大事ですよ」

 互いに褒め合いながら、上品に笑い合う。これがどこまで本心なのか、薄ら寒く感じながらも、表面上はにこやかに話を聞くフリをする。

 雅さんと本邸まで、美恵子さんのご機嫌伺いに来ていた。上條を牛耳るのは美恵子さんだというのは重々承知で、すぐに美恵子さんの性格を把握して対応し、うまく気に入られていた。美恵子さんのほうも雅さんのやり方を見抜いた上で転がされている節があり、女狐同士の化かし合いは、どちらが上手なのかはまだ俺には判断がつかない。

 それでも本質の部分で馬が合うのか、おおむね二人の会話は盛り上がっていた。今日は二人で出かけるのだそうで、俺はここでお役御免だ。
 
 車に乗り込む二人をポーチまで見送って、これからどうするかしばし迷う。すぐに帰ってもいいのだけど、なんとなく気が向いて屋敷の中を少し歩いた。あまりいい思い出はないとはいえ、昔使っていた何気ない通路や部屋に、ふいに懐かしさが込み上げる。それに、美恵子さんが屋敷に不在というのはそれだけで息がしやすい。

 足は勝手に、屋敷のはずれ、廊下の片隅に設えられたソファセットに向かう。一応は庭を眺めながら休める小さなサロンのような形式をとってあるものの、場所が辺鄙すぎて誰も近寄らず、調度品はその役目を果たせずにただ空間を飾るだけのものに成り下がっていた。