「じゃあ、そのかわいそうな俺に餞別寄越せ。……キスさせろ」
「はっ?」

 ふざけてるのかと思ったら本気で、更に一歩距離を詰めると私の腕を捕らえて顔を近づけてきた。

「ちょっ、ばか、餞別って普通逆っ……」

 捕まった腕でなんとか抵抗しようとあがくけど、力では適わない。真木の息が感じられるまで接近してきて、思わず目を閉じて顔を背けると……。

 頬に軽く唇が触れて、すぐにそのまま離れていった。

 目を開けるとまだ真木の顔がすぐそこにあったけど、よく見ると耳元が真っ赤で。

「なんであんたが顔赤くしてんのよ」
「うっせえな」

 呆れた声の私に照れたように毒づくと、手で口元を隠しながら勢いよく離れていった。

「とにかく! 近いうちにまた連絡するから。無視すんなよ、返事返せよ!」 

 それだけ早口で言うと、じゃあな、と叫ぶように言い放って速足で歩き去る。一度も振り返らず大股で歩くその後ろ姿を見送りながら、私まで照れてきて。

 真木のことはまだ、友達としか考えられない。でももしこの先、ずっと交流が続いて、今みたいな居心地がいい関係であり続けたとしたら。

 今目の前に当たり前にあるものが、明日いきなり形を変えることも、あるのかもしれない。だからこそ、人生は楽しいのだ。