くさくさした気分で帰る準備をして役員フロアを出ると、休憩室の片隅にひっそり配置された喫煙所によく見知った後ろ姿が見えた。
ちょうど良かった、このまま帰っても沈んだ気分のままだし、こいつを道連れにして憂さ晴らしでもしよう。
「まーきー」
こっそり忍び寄って膝カックンをかますと、完全に気を抜いていたのか見事によろけた。
「あっぶねっ……ておお、佐倉」
「ねえあんた暇でしょ? ちょっと飲み付き合ってよ」
「暇じゃねえよバカか」
ぶつぶつ文句を言いながら持っていた煙草を揉み消す。
真木健一(まきけんいち)は私の同期で、よく飲みに行く仲なのだけど、ここ最近はご無沙汰していた。
「お前こそあの鬼優秀な社長さまの担当になったんだろ? 飲みに行ってる暇なんてねえんじゃねえの?」
「それが優秀すぎて私のやることがないのよ。愚痴らせてよ、仕事終わるまで待つからさー」
「まあいいけど」
真木はよほどのことがない限り飲みの誘いは断らない。話が合うしノリも合うし、気を遣わなくていいのでこいつと飲むのは楽しい。
真木の仕事が終わり次第いつもの居酒屋で落ち合うことにして、私は先に向かう。もう顔見知りになっている店長のおっちゃんに日本酒とつまみを注文して、一人で飲んでいると、さほど時間がかからずに真木もやってきた。
「お前、いつ見てもこの店浮いてるよな」
自分もビールを注文しながら私の隣に座る。
「えー?」
「気取ったフレンチでワインでも飲んでそうな外面してんのに」
「そんな店行きたくもないわよ。気取った酒で気持ちよく酔えるか」
私のセリフに笑っている真木こそ、この場末の古臭い居酒屋には似合わない容貌をしていると思う。
