「いえ、そんな、なんで?」
「あなたを東吾につけた時、あわよくばパートナーになってくれるといいと思いました。もちろん社長と秘書としてもそうですが、プライベートでも」
「えっと、」
「くっつけようと思ったんですよ。あなたなら、東吾の孤独を埋めてくれるんじゃないかって」

 室長の言ってることはすぐに理解できないことだらけで、何から質問していいかわからなかったけど、とにかく一番気になったのは。

「社長のこと、東吾、って呼んでるんですか?」

「今は滅多に呼びませんが、昔は。実は僕も上條の遠縁なんですよ。東吾が上條邸に引き取られた時に、家庭教師兼話し相手として比較的年が近かった僕も呼ばれたんです。いわば兄貴分ですね」

 はあ、と間の抜けた声が出た。次々発覚する新事実に、頭がついて行かない。

「東吾は昔から異常に聞き分けのいい子でした。お母さんと過ごしている時だけ、唯一子供らしく振舞えていたのに、お母さんが亡くなってから、更に笑わなくなってしまって」

 室長はカップを手に取ると、心を落ち着けるようにゆっくりと口に運んだ。

「気を許せる誰かができればいい、とずっと思っていました。東吾が三星の社長に就任することが決まった時、これはチャンスだ、と思って」
「チャンス?」
「佐倉さんは、東吾のお母さんによく似てる。あなたの指導をしながら、いつか東吾に会わせてみたいなと、ずっと思っていました。……本当は、東吾の担当は僕が付いたって良かったんですよ。それでもあえてあなたにしたのは、そういう下心があったからです」

 ふっと脳裏をよぎったのは、美恵子夫人の声。

「私、社長のお母さんに似てるんですか?」
「顔の造作が、というより、醸し出す雰囲気がよく似てます。東吾と一緒によくお見舞いにいきましたけど、いつも前向きで、弱音は一切吐かなかった。強い人だったんだと思いますよ」