室長も一口コーヒーを飲んでから、カップを置いた。
「お話を、ということですが」
私も手を止めて、姿勢を正す。
「会社が混乱している時に、大変心苦しいのですが。退職させていただきたいと思っています」
辞職を申し出る瞬間は、やっぱり緊張するものだな、と思う。遅かれ早かれこういう話にはなっていたと思うし、室長もきっと私から申し出があることは予感していただろうと思うけど。
室長はしばらく無言で私を見ていたけど、ふうっと息をつくと、わかりましたと頷いた。
「本音を言うと、引き留めたくてたまりませんが。今のあなたの立場でここに残って欲しいと言えるほど、私も非道にはなれません」
苦い笑みを浮かべる室長に、私も曖昧な笑みで返す。
「いつまで、という希望はありますか?」
「本当は今年度いっぱいは、と思っていたんですが」
脳裏に浮かんでくるのは、東吾と雅さんが連れ立って部屋を出ていく姿。婚約が決まって以来、特に公式な場所には、二人で顔を出すようになっていて、これからの季節、そんな機会は否が応でも増えていくだろう。それを見送るのは、わかっていたとはいえ、やはり辛い。
「……引き継ぎが整い次第、なるべく早くに、辞めさせていただけると嬉しいです」
それを聞いて、室長の表情が、僅かに硬くなる。
「私はあなたに、謝らなければいけない」
「え?」
「随分辛い思いをさせてしまった挙句、仕事まで取り上げてしまった。……本当に申し訳ない」
いきなり深々と頭を下げられて、驚くのと同時に慌てた。謝られる理由がわからなくて、とりあえず頭を上げてもらう。
