「……いいよ」

 東吾が一歩踏み出してくるのに合わせて、私もその腕の中に入り込んだ。背中にそっと回された手が、遠慮がちに私の体を引き寄せる。

「ありがとう」

 耳元で囁く声は、どこまでも、優しかった。

 すぐに腕は解かれて、体を離す。

 また向かい合った私たちの間に、ふわりと一陣の風が通り過ぎていった。

「明日からはまた、社長と秘書で」
「ああ」
「私は一人で帰れますので、社長はどうぞ、お先にお戻りください」
「……わかった」

 最後の私のお願いを東吾はすぐに受け入れて、手桶を手に踵を返す。それから一度も振り返らずに、お墓の間に消えていった。


 東吾の姿が完全に見えなくなってから、私はようやく自分に、泣くことを許した。


 自然と食いしばっていた歯を意識して緩めると、喉の奥から無様な嗚咽が漏れだしてくる。その場にしゃがみ込んで、誰に聞かれることもないと、ただ心が求めるまま、声を上げて泣いた。東吾に対する感情を、そこで全て流してしまわないと、明日から秘書に戻ることはできないと思った。

 ひとしきり泣いてから、そこに眠っているはずの東吾のお母さんに向かって、深く頭を下げる。


 どうか、見守ってあげてください。

 誰にも頼れずに強くなるしかなかったあなたの息子が、これ以上苦しむことがないように。


 立ち上がって、空を見上げた。
 そこには一年前と同じ茜色の空が、ただ静かに、私を見守るように広がっていた。