これから私が何を伝えようとしているのか、おそらく東吾はわかっている。それでもお互いの間に流れる空気は穏やかで、それが同時に、彼の中でも同じ結論がでているのだということを、私に思い知らせてもいた。

 あの日から私も東吾も、そのことは一切口に出さなかった。ただいつも通り振る舞うことで、最後まであがいていたかったのかもしれない。


「お別れしよう」


 言い出すことができるだろうかと危惧していた割に、その言葉はするりと出てきた。

 東吾は表情はほぼ変えず、それでも目の奥がすっと翳ったのがわかって、そのことに少し救われる。

「お互いのために、そうするのが一番いいと思う。東吾だってそう思ってるでしょ?」
「……ああ」

 小さく頷くと、しっかりと私の目を見て、言った。

「別れよう」

 変にはぐらかさずごまかさず、きっちりと引導を渡してくれる、そういうところがやっぱり好きだなあ、と思った。

 東吾はふっと目を伏せると、呟くように言った。

「俺、結局、里香のこと困らせただけだったのかな」

 その言い方がなんだか少し子供っぽくて、愛おしくなる。

「ううん。東吾と一緒に過ごせて、楽しかった。短い間だったけど、いっぱい夢を見させてもらった気がする。宝物みたいな時間だったよ」

「俺のほうこそ。……一生分の夢、見させてもらった」

 それから少し逡巡するように視線を巡らせたあと、私に向かって両手を伸ばした。

「最後に一回だけ、抱きしめていい?」