母親を亡くした東吾にとって、上條という家を恨み続けることが、上條という名の呪縛の中で生き抜く唯一の方法だったのかもしれない。

 その恨みを持ち続ける限り、きっと呪縛は解けない。そして、東吾が上條を名乗り続ける限りは、私の存在は受け入れられることはない。

 胸の前で交差した私の腕を、東吾が掴んだ。
 縋るように、強く。
 

「こんな話、里香にはしたくなかったな」


 囁くように言った声には、どこか諦めたような響きが含まれていて。


 そうだね、東吾。私も聞きたくなかったよ。


 きっと今、私たちの気持ちは同じ方向に向いている。
 お互いを愛おしく思う気持ちは、膨らんだままに。


 腕に置かれた手に、自分の手を重ねる。

「お母さんの命日、もうすぐだね」
「そうだな」
「また連れていってくれる?」

 東吾が少し、手の力を緩めて、束の間考えた後、月を見上げて小さく微笑んだ。月の光に縁取られて淡く輝くその横顔は、ふっと消えてしまいそうなくらい儚くて。

「もちろん」

 そしてとても美しかった。