しばらくして、東吾がぽつり、と呟いた。
「母さんが死んだ日も、こんなきれいな月が浮かんでた」
静かに月を見上げる顔は、どこかさらに遠くへと思いを馳せていて。
「覚悟はできてたから、悲しかったけど、不思議と怖くはなかった。ただできるだけ苦しまないで逝ってくれればいいなと思ってた。実際、急変してからも、驚くくらい穏やかで」
背中から腕を回して、寄り添う体をさらに密着させた。
少しでも私の体温が移って、東吾の体が温まるように。
「だけど」
空の果てへと向けられた目が、何かを睨むように細められた。
「何をとち狂ったのか、父が会いに来た。今まで一度も顔を見せたことなんてなかったのに、最後の最後になって。それだけならまだよかった、最悪だったのはすぐにあの女も現れて」
語る声に籠る憤りがだんだんと勢いを増してきて、激しい怒りを押し殺すように一度、深く息を吐く。
「母さんを罵倒したんだ。あの澄ました顔で、聞いてる方が気分が悪くなるような、汚い言葉を浴びせて。そのまま母さんは息を引き取ったよ。苦しそうにじゃない、ただ悲しそうな死に顔で」
怒りなのか悲しみなのか、歯を食いしばって顔を歪めた東吾に、私はなんの言葉もかけられなかった。ただ悲しくて、悔しくて、彼を抱きしめる腕に力を込める。
