「……もう大丈夫そう」

 少し体を起こして言うと、東吾は私の頬に手を当てて、身を屈めて目線を合わせた。

「まだ休んでたほうがいい。どうせもうすぐ終業時間だ、それまで休んで今日は早く帰れ」
「でも」

 反論するのに開きかけた口は、そっと押し付けられた唇によって塞がれた。

「命令。……心配なんだよ」
「ん」

 こんな時くらいいいかと思って、東吾の優しさに甘えることにする。東吾はまたくたりと力を抜いた私に満足そうに頷くと、立ち上がりかけた。私は少し調子に乗って、スーツの袖口を掴むと上目遣いで見上げてみる。

「もうちょっと。……だめ?」
「いいよ」

 東吾は驚いたようだったけど、すぐに笑ってまた隣に腰かけた。今度はさっきよりもしっかりめに私を抱き込んで、宥めるように背中をとん、とん、とゆっくり叩く。

 その優しいリズムに体を委ねていると、私のデスクの電話が鳴った。

 すぐに体を起こした私を押さえて寝てろ、と言うと、東吾が自らその電話を取りに行く。

「上條だ。……ああ。それで………………なんだって?」

 いきなり声のトーンが変わった。信じられないというような戸惑いを滲ませて、表情がどんどん険しくなっていく。

「何かあったの?」

 電話を終えた東吾に声をかけると、東吾は受話器を握りしめたままそれを睨みつけて、呟いた。

「美恵子さんが来たらしい」
「美恵子さんって……美恵子夫人?」
「そう。もう上がってくるって」

 言った瞬間に部屋にノックの音がした。瞬時に私が立ち上がったのと、返事を待たずに扉が開いたのはほぼ同時だった。