東吾が私に求めているのは、少年の頃に失った家族の温もりだろう。
 
 普通の家庭で当たり前のように手に入れられる安らぎ、それは梶浦のような家で育った人が持つ感覚とはきっとずれていて、雅さんには与えられない。上條の家にいる限り、ずっと緊張を強いられる東吾の、安らげる場所になりたいと、強く思う。

 だけど雅さんには、上條の次男、しかも難しい場所にある東吾の立場を、盤石なものに押し上げる力がある。
 それはどう頑張っても私にはない力で、そしてとても貴重なもの。

 私がそばにいることで、与えてあげられるもの、奪ってしまうもの。
 考えれば考えるほど、奪うものが大きすぎて、そして上條という家が大きすぎて、尻込みしていく自分がいる。

 どうして私にはこんなに力がないんだろう。

 前向きになろうとする自分と弱気な自分がせめぎ合って、心の中が絶えず繰り返す波間のように揺らいでいた。
 東吾のそばにいたいという思い、そばに立ち続けるのは怖いという思い。

 それでも今は、東吾を支えたいという思いが一番勝っている。東吾が信じろと言ってくれるなら、私にできることは、東吾を信じて、今は秘書として東吾を精一杯サポートすることだけ。

 目を閉じて、東吾の笑顔を思い浮かべる。社長の時には決して見せない、無邪気な子供みたいな笑顔。
 私はこの、本来の彼の笑顔を守りたい。

 私は私のやり方で、東吾を守る。
 ……今の私には、それしかできない。