「東吾君。あなた、なにか勘違いなさってませんか?」
副社長が蛇みたいにぬるっとした笑い方で東吾を見た。
「何をでしょうか?」
「本家の血が流れていないあなたには、本来上條の名を名乗ることはできないはずなんですよ。それをあなた、子会社とはいえ会社を任されているのは、真彦社長と美恵子夫人の恩情のたまものです。御恩はしっかり返さないと」
東吾の顔から表情がすっと消えた。まるで全ての言葉を、拒絶するように。
今の副社長の言葉の意味が、私にはわからなかった。本家の血が流れていない、って、お母さんは確かに美恵子夫人ではないだろうけど、お父さんは真彦社長なんじゃないの?
見兼ねた常務が、そろそろ終了をという旨の発言をして、すぐに散会になった。とっとと退席していく副社長と専務に続いて、常務が様子を窺うようにちらりと振り向いたけど、東吾は無表情のまま、それを無視する。
私と東吾以外、全員いなくなった後、無言で机をどん、と殴りつけた。そして一言、ちょっと出てくる、と言い残して、部屋を出ていった。
私は置きっぱなしの荷物を片付けて、社長室に戻った。
ふと部屋の中を見渡して、トルコギキョウが枯れ始めているのに気が付いた。ああ、そろそろ替えてあげないと……。
背後でコンコン、と扉をノックする音がした。急いで開けると、そこに立っていたのは前田常務だった。
