社長室の外の通常デスクで仕事をしていると、ごきげんよう、という声と共に雅さんが現れた。もう受付も慣れっこで、特に到着の知らせもなく、一人で気軽にやってくる。必ず事前に連絡はくれるので、こちらもすぐに慣れた。

 一応社長への来客なので、立ち上がって礼をする。いつもはそのまま私の前は素通りだけど、今日はにっこりと微笑んで近寄ってきた。

「コンサートのチケットをいただいたの。とても珍しい演目。東吾さんをお誘いしようと思うんだけど、よろしい?」

 そこにちょうど、雅さんの気配を感じたのか、社長室から東吾が顔を出した。私たちが話しているのに驚いたようだけど、雅さんが東吾に微笑むとすぐにまた私に向き直ったので、しばらく見守ることにしたらしい。

「どうぞご自由に。お誘いを受けるのも受けないのも、社長のご意思ですから、秘書の私に口を出す権利はございません」

 秘書としての模範解答は、雅さんは少々物足りないようだった。そう、とつまらなさそうに踵を返そうとするのに、一言言い添える。

「私個人の意見としては、お誘いしても無意味だと思いますが」

 ぱっと振り返った顔には、怒りではなくむしろ愉快気な表情が宿っていた。
 やっぱりこの人、お嬢様としては相当変わってる。

「じゃあ受けてもらえるように精一杯頑張るわ」

 うふふと笑って今度こそ東吾と共に社長室の扉の向こうへ消えていった。扉が閉まる間際、もの言いたげな東吾の視線がちらりと投げかけられたけど、秘書としての完璧な笑みで黙殺する。