昼食は普段リチャードが食べているようなものを、と言ったら、彼は街角のカフェに入っていった。

 カラフルな椅子に透明なテーブルのお洒落な所で、私はリチャードにならってサンドイッチとコーヒーを注文した。

『バナナ要る?』

 口髭のお兄さんが言ってきた言葉に、私は咄嗟に反応できなかった。

『い、いや。結構です』

『おいしいよ』

 なぜそんなにバナナをプッシュするのだお兄さん、と思いながら、私はノーセンキューを繰り返した。

「……買ってるよ」

 席につくと、リチャードのトレイにはバナナがあった。

「うん?」

「いや、いいよ。バナナはお腹にいいねって言いたかったの」

 私もトレイを置いて食べ始めることにした。

「意外だ。みんなコーヒー飲んでる」

「コーヒーショップだもん」

「イングランドの人は紅茶が好きなんだと思ってた」

「紅茶はもちろん飲むけど、今の人はコーヒーも好きなの」

 私はコーヒーをひと口飲んで、本日の昼食を見下ろす。

「量は多いけど、わりと質素なもの食べてるんだね」

「会社勤めだからね。あんまり時間ないし」

「食品輸入会社に勤めてるんだったよね、リチャードは」

「そうだよ。日本にも何回か出張したんだぁ」

「なるほど。だからそんなに日本語上手くなったんだ」

 私はチーズサンドイッチを食べながら頷く。

「前会った時は、全然日本語話せなかったのにね」

「まあねー」

 けらけらと笑って、リチャードは懐かしそうに頬を緩めて頬杖をつく。

「君も全然英語話せなかったよね。でも僕ら、七日間一緒に観光したんだっけ」

 リチャードは三年前の冬休み、日本に旅行にやって来た。

 でもデニスに頼るつもりでやって来たものだから、日本語はおろか何も準備していなかったのだ。しかも肝心のデニスは一週間ほど旅行中で、リチャードの相手をしてあげられなかった。

 せっかく遠い異国から旅行に来たのに何もなしでは悪いと思って、ちょうど私も休み中だからとリチャードを案内した。

「君ときたら、ほとんど単語で話すんだもん。わからなくなると、「こっち」って言って僕を掴んですたすた歩いていっちゃうし」

「リチャードだって単語で話してたじゃないか」

「うん。いやー、今思うとほんとおっかしー。何やってたんだろうね、僕らは」

 くすくすと笑って、リチャードはふいに穏やかに私を見る。

「楽しかったよ」

 ゆっくりと、リチャードは告げる。

「僕の中であんなに楽しい七日間は他になかった。ありがとう、智子さん」

「う、うん」

 私は照れくさくなって頬をかいた。それに、リチャードは少し子どもっぽく胸を張った。

「だから今回の旅行は僕に任せておきなさい。パワーアップした僕が完璧にコーディネイトしてあげるから」

「言葉以外、リチャードは三年間で全然変わらないように見えるけど」

「えー、大人の魅力がにじみ出るようになったでしょ? この辺とか」

 後ろでちょっと縛った髪を指さすリチャードに、私は少し考える。

「そうだね。言おうかどうかずっと迷ってたんだけど」

「うん。なになに?」

「そういう髪型するとハゲるよ、リチャード」

 リチャードは目元を押さえて泣き真似をする。

「智子さんひどい。僕泣いちゃうよ」

「え、なんで」

「智子さんは繊細な男心を理解してくれないんだー」

 首を傾げる私の前で、リチャードはひどいやー、とぶーぶー言っていた。