まず私たちが向かったのは、オックスフォードサーカス駅近くにあるデパートだった。

「ロンドンにはいっぱい古いデパートがある。値段は安くないけど、だいたいのものが揃うよ」

 リチャードに導かれるまま中に入って、四階に上る。

「うわぁ……。リチャード、私これ見たことあるよ」

 私はすぐ側のエプロンに駆け寄って広げてみる。

 小花が散らばるかわいらしい生地が私の目の前に羽を広げる。まるで花畑を切り取ったような、女の子なら一度は憧れたような模様だ。

「これはリバティ柄。ここはその本店なの」

 部屋を移ってみると、化粧品の瓶にプリントされていたり、服の柄になっていたり、あちこちに小花が散らばっている。

「かわいい」

 見ているだけでほわほわした気分になる。私は緑の中にピンクの小花が散らばる日記帳を眺めていた。

 うろうろと花畑を満喫した後、私は決めた。

「お母さんにエプロンを買って行こう」

 思わず財布のひもが緩んだほど、私はあっという間にリバティ柄のファンになった。

「はい。これは僕からのお土産」

 にこにこしながら店を出た後、リチャードが四角い紙包みを渡してきた。

「え、でも」

「これくらいならいいでしょ。荷物にもならないし」

 中を覗き見ると、かわいいハンカチが二枚入っていた。

「……ありがとう」

「僕のこと思い出して涙した時に使ってねー」

 それからまた地下鉄、現地の人が言うチューブに乗って、私たちは少し移動する。

それにしても狭い車内だと思う。こっちの人は背が高いのに、頭を挟んだりはしないのだろうか。

「あと、この注意書き」

 向かい側の席に足を置かないでください、という感じの注意書きが、イラストと共に書かれている。

「そんなこと言わなくても、向かい側に足が届く人なんていな……」

 くる、と振り向くと、ちょうど向かい側の席に足を伸ばすリチャードの姿があった。

「うん?」

 リスのようなくりくりした目を見返して、私は声を荒げる。

「だから、やっちゃ駄目だって書いてあるじゃないかっ」

「ダメと言われるとやってみたくなるのが人間の性ですー」

「引っ込めなさいっ」

「やーだ」

「やだじゃない。君は子どもか」

 そんなことをわーぎゃー言っている内に、中心街の方に戻って来た。

「こんなショーウインドー初めて見た……」

 老舗の紅茶屋さんの前まで来ると、そのショーウインドーに目が釘付けになる。

 ステンドグラスのような蝶がいくつもとまっているティーセットがあって、まるでおとぎ話の中のお茶会が再現されているようだった。

 店の中に入っても驚いた。薄茶色の天井に控えめな紅の絨毯の空間に、空色に薄い緑を引いたかわいい紅茶の缶が無数に積み重なっている。

「缶だけ買えないかな。机の上に置いておくんだ」

 私の言葉にリチャードはぷっと笑う。

「まあ中身もそれなりにおいしい。そうだね」

 リチャードは棚を歩き回って一つの箱をみつけてくる。

「これなんていかが? わりと癖の少ない紅茶を選んでみたけど」

 それは小ぶりの缶がたくさん入っている青緑の箱だった。

「いいなぁ」

 結局私は紅茶を10ポンドで買って、それもバックパックに詰めた。

「私もブランドに弱いんだろうか」

 日本人の悪い癖だと聞いているので、私は歩きながらちょっと顔をしかめる。

「君はかわいいものに弱いだけのような気がするけどね」

 ちょうど昼だったので、リチャードは私をイタリアン料理に連れて行った。

「……なんでこんなにおいしいんだろう。このパスタ」

 思わずそうぼやいたくらいカルボナーラは美味しかった。

「チーズが違うような気がする。濃厚というか」

 私はじっとパスタを眺めながら思い出す。

「そういえば夜にこっちのスーパーに行った時があったんだけど、チーズだけで棚が三つ埋まってた。ロンドンの人のチーズへの思いを見せつけられた気がした」

「僕ら、昔からチーズ食べてるもんねー。君も食べなよ。今からでも成長するところはあるはずだよ」

「小さい小さい言うな」

「言ってないじゃん」

 けらけらと笑うリチャードと軽口の叩き合いをしているのは楽しかった。