顔を上げて彼の目をじっと見つめ返した。

随分前から知ってたって、また彼の冗談?

「2年前だったかな。和桜がゾウの前で泣きながらスケッチしてた」

動物園に通い始めたのが丁度2年前くらいだった。

泣きながらゾウを描いてたって、あれは初めてゾウをスケッチした日だろうか。

その頃の私はまだ傷が深くて、その傷を忘れるために必死にゾウを描いていた。

そんな私を全て受けとめてくれるような優しいゾウの目に、頑なな心の糸が緩んでいき今まで我慢していた涙が一気に溢れたことがあった。


「見てたの?」

私は視線を落とし、彼の肩をぼんやりと見つめながら小さく尋ねた。

「俺もたまたまデッサンしに動物園に行ったんだ。だけど、涙を流しながら必死に描いてる和桜の横顔に釘付けになって、スケッチすることも忘れて君を見てた」

「知らないところで見られてるって、なんだか恥ずかしい」

胸がキュウッと締め付けられた。

まさか泣いてるところを醍に見られていただなんて。

「とてもきれいだと思った。言うなら俺の人生初の一目惚れってやつ」

「やめて」

優しく潤んだ瞳で見つめながらそんなことを言う彼から顔を背けた。

恥ずかしくて体中が熱くなる。

「だから和桜とまたあのゾウの前で出会った時はあの時の女性だって思わず近づいてしまったんだ。また泣いてないか心配になって」

「だからあんなに初対面で馴れ馴れしかったのね」

私は笑いながら軽く彼をにらんだ。

「俺には初対面じゃなかったからね。実はあの時初恋の人に再会したみたいにドキドキしてた」

「そんな風には見えなかったけど」

彼の瞳が熱く潤んでいて、そう返しながらもドキドキが苦しいくらいに加速していた。

「ずっと会いたかった」

醍の手が私の頬に添えられ、彼の顔がゆっくりと近づき唇が合わさった。

触れるようなキス。

すぐに離れ、そして再び柔らかく彼の唇に包まれる。

何度も試すようなキスは醍の優しさだと感じた。

醍が好き。

唇が離れた時、彼の目をじっと見つめて言った。

「忘れさせて。嫌なこと全部」

彼は私の瞳を食い入るように見つめながらその言葉の意味を必死に探ろうとしている。

忘れさせてほしい。

今、醍に抱きしめられたらようやくかさぶたになった傷がきれいにはがれ落ちるような気がした。

自分の気持ちが全て醍に向かう。

全ての邪念が彼によって消されていくんじゃないかって。

本当は、そんなまどろっこしいことじゃなく、単純に彼に抱かれたい。

彼がたまらなく愛おしかった。