ただ少しだけおしゃべりして食事しただけの相手なのに、まるで失恋したような気持ちになっている。

彼の正体がわかった途端、なぜだか言いようもない喪失感に包まれていた。

さっきまで元カレと珠紀の結婚のことで憂鬱になっていたのに、いつの間にか頭の中は醍のことでいっぱいだった。

醍のページはカウンターに開かれたまま。
身動きもせずそんな爽やかな彼の姿をぼんやりと眺めていると、バッグの中でスマホが振動しているのに気付く。

慌てて取り出したけれど、見たこともない携帯番号が表示されていた。

変な電話だったらすぐ切ろうと思いながらとりあえず出ることにする。できるだけ無愛想な声で。

「はい」

『和桜さん?』

ん?やっぱり変な電話かもしれないと思い切ろうとしたその時。

『俺だよ。醍!』

だ、醍!?

思わず、見開いたページの醍に視線を向ける。

『ずっと電話できずにごめん。ちょっと色々と大変でさ。今から会えない?』

まるで雑誌のページの彼と話しているような妙な現実味のない感覚に襲われる。

夢?

まさかね。

『申し訳ないけれど急いでるんだ、今どこ?』

かなり急いている彼の声が、無防備な私の背中をぽんと押し出し、今いる駅前のカフェ名をするすると伝えてしまった。

『ああ、わかった。今すぐそのカフェの前に行くから待ってて』

「え?ちょっと??」

電話は慌ただしく切れる。

紙の上の彼はそんな私を穏やかに微笑みながら見ていた。