私はそのメモをじっと見つめていた。

「絶対だよ。家についたら必ずメールか電話して」

「なんだかお父さんみたいだわ」

「お父さん?色気ないな」

彼は正面を見つめながら、車のエンジンをかける。

駅に向かいながらドキドキ震える胸を必死に抑えていた。

もう二度と恋はしない。

そう決めたんだ。

恋の始まりはいつだってこんな風にドキドキして楽しい。

だけどいつか必ずその恋にも終わりがくる。

どんなに鮮やかで幸せな思い出があったとしても、思い出は過去の出来事。

過去は少しずつ記憶から薄れていくんだ。

自分のバッグをぐっと握り締める。

「駅、着いたよ。本当にここから一人で大丈夫?」

「うん、大丈夫だって」

私は車から降りた。

「ちょっと待って!」

「は?」

急に運転席から彼が飛びだしてくる。

「やっぱ和桜さんの電話番号今教えて」

「今?後で電話するからそれでいいんじゃないの?」

「よくない」

「どうして?」

「だって、和桜さん電話かけてこないような気がするから」

彼のまっすぐな瞳が私の目を見つめている。

逃れようもないほどきれいで澄んだ目。嘘のない目。

「わかった」

私はその目に観念すると、彼に自分の電話番号を教えた。

醍はホッとしたような表情で微笑むと、「じゃ俺、帰ったら電話する」と言って再び運転席に乗り込んだ。

遠ざかっていく彼の車に「バイバイ」と呟く。

夜遅くなっても、彼からの電話はなかった。

ほらね。やっぱり。

恋は簡単に成就しない。

私は彼からもらった電話番号が書かれたメモを小さく畳んで100円玉貯金箱の中に押し込んだ。