醍を思い出さない日はない。

毎日、一人になったとき、ふと彼のことを思い出す。

彼の笑った顔、甘えた切れ長の目、冗談を言う時の意地悪な口もと。

彼の細くて繊細な指。

抱きしめた時の胸の鼓動。熱くて汗ばんだ彼の背中。

そして、「俺は絶対空(くう)を掴んでみせる」って言った青空にとけ込むような醍の横顔。

会えなくなった今でも、こんなにも愛おしい。

醍は今頃パリでがんばってるんだろうか。

時々、雑誌やインターネットのニュースで彼の名前を見かける。

だけど敢えて読まないようにしていた。

これ以上好きにならないように。


展示会を目前に控えた最終会議の日。

チーフの山田さんが頭を抱えて会議室に入ってきた。

「いやー、参った」

「どうしたんですか?」

お茶を淹れながら山田さんに声をかける。

「ビッグネームの作品一点がまだ届かないんだよねぇ」

「え?搬入は来週でしたよね?」

「そうなんだよ。もうこちらへの到着締切日はとっくに過ぎてるんだ。メールで連絡するんだけど返信もなくて正直困ってる」

うなだれた様子で座った山田さんの前に湯気の立ったお茶を置いた。

「ビッグネームってどなたですか?」

チーフは「ありがとう」と言って、お茶を手にとり息を吹きかけ冷ましながら私の方に視線を上げる。

「ほら、君の大好きな『TUYUKUSA』だよ」

「そうなんですか?」

その名前は何度聞いても胸が震える。

「じゃ、今回出展しないってこともあり得るんでしょうか?」

それが一番残念なことだった。もう一度、あの人の絵に会えると思っていたから。

「それが問題なんだ。展示の数は決まっているし、もう『TUYUKUSA』の絵が出るっていうのは広報済みだ。穴を開けるわけにはいかない」

「でも、もし出てこないとすると、『TUYUKUSA』さんの絵はあきらめたとして他の作品を代用しないとそこだけぽっかり開いちゃいますよね」

別の編集部の女性がパソコンを叩きながら表情を変えないずに言った。

「そうなんだが。いきなりそんなこと言われても出す絵が見つかると思うか?1週間しかないんだぞ」

「落選した人の中から再考してみますか?」

「ばかいえ。そんな失礼なことできるか」

山田さんはイライラした様子で額に手を当てパチパチと叩く。