「そういうんじゃない」

「じゃ、どういうの?」

「私、今美術館で新企画を担当させてもらってるの。これまで誰かのお手伝いばかりだった私がようやく信頼して仕事を任せてもらえた。しばらく仕事に専念したい」

「じゃ、その仕事が終わるまで俺は待ってる」

「待たないで。自分に自信が持てるまで今の仕事に専念したいと思ってるから、それにいつ終わるかなんてわからない」

醍は自分の前髪を右手でくしゃくしゃっとすると私に視線を向けた。

「和桜、本当の理由を教えて。俺を傷付けても構わないから」

彼の切れ長の目が震えているように見える。

本当の理由。

「あなたは、吉丸家の継承者。今や有名人で世界に羽ばたこうとしてる。自由でなくちゃ駄目な人。まだまだこれから未来を作っていかないといけない人だわ。そんな人を支える自信は今の私にはない。・・・・・・ごめんなさい」

きっと羽ばたこうとする醍の翼を掴んでしまう。

今の私は醍のことを好きになりすぎて、その都度現れる恋のトラウマがきっと彼の重荷になってしまうんだ。

優しい醍は、そんな私を放っておけるわけがない。

そんなの、嫌だ。

空を掴みにいく醍であってほしいから。いつでもどんな時も。

「和桜の言ってること全く理解できない」

そう言うと、彼は私を強く抱きしめた。

「君の気持ちはどこにあるの?」

彼の息づかい、鼓動が熱く私に伝わってくる。

大好きな、愛しい彼の香り。

もう会えなくなるかもしれない。

私はその背中をぎゅっと掴んだ。

「俺は和桜に何も求めてない。支えてほしいなんて思ってないよ。ただそばにいてほしいだけだ」

「それが、できないの」

「好きだよ、和桜。それだけじゃダメ?」

私も大好きだよ。

正直、わからなくなっていた。

だけど、このまま流されていくことは間違ってるって心の中の私が言ってる。

今の私じゃこの先ずっと一緒にいることは無理だって。

何も言わず、ただ彼の胸に顔を埋めて声を殺して泣いた。