「和桜」

彼の低音が薄暗い部屋に静かに響く。

「一緒に行かない?」

ドクンと心臓が跳ねた。

「一緒にパリに行ってくれないか?」

体をゆっくりと起こし目を見開き、黙ったまま醍の瞳を見つめた。

私が醍と一緒にパリに?

「本気で言ってる?」

私の声は微かに震えていた。

「本気だよ。ずっと考えてた。和桜にずっと俺のそばにいてほしい」

いつも自信に満ち溢れている彼の目は緊張と不安で潤んでいる。

そんな彼の目は初めて見る目。きっと彼の中にも迷いがある。

本当にこれでいいのかって。私を一緒に連れていっていいのかって。

その迷いはきっと私への優しさだ。

それも痛いほど伝わってくる。

本当は、一緒についていきたい。片時も彼から離れたくない。

「私じゃ無理だよ。一緒にはいけない」

醍の不安げな目を見つめながら言った。

「どうして?」

「私なんか、何の取り柄もないし、醍と一緒にいたって足手まといになるだけ」

「そんなことない。そばにいてくれるだけでいいんだ。和桜とはやっと巡り会えた女性だと思ってる」

まっすぐな彼の瞳から思わず視線を逸らす。

これ以上見続けていたら、また気持ちが持っていかれそうだった。

「私は、・・・・・・醍にはふさわしくないと思う」

都会のどこかでパトカーのサイレンが小さく響いていた。

「それは、俺が和桜より年下で頼りないから?」

違う、と答えようとしたら彼はすぐに続けた。

「俺が君よりももっと大人で、今みたいにリスクを背負わずしっかりとした地位についているような人間だったらついて来てくれた?」