付き合って三年目の春。彼から突然のプロポーズ。

そんな予感はずっとしていたし、このまま彼と結婚することになるだろうって付き合ってから漠然と思っていた。

キラキラ光るエンゲージリングをはめた時、私みたいなこんな当たり障りのない普通の人生にもちゃんと幸せが訪れるんだと実感した。

何か特別な経験や出会いがなくたって人は幸せになれるんだって。


披露宴を控えた一ヶ月前だっただろうか。

あの日のことはあまりよく覚えていない。

高校時代からの親友の三浦珠紀から急に呼び出された。きっと二次会の打ち合わせだろうと思って待ち合わせのカフェに向かう。

既に到着していた珠紀の表情は見たことがないくらいに強ばっていた。

そして私の目を見ずに、人形のような白い顔で言ったんだ。

「彼のことなんだけど、本当にごめん」

何のことだかわからなかった。

珠紀の目にはみるみる涙がたまってくる。

彼って誰のこと?って、私は笑いながら尋ねた。

本当は『彼』っていう言葉が彼女の口から出た瞬間、背中から恐怖に似た不安が私の体を覆い被さり体中が震え出していた。まさか、まさかだよね?

だけど、たった二度ほど顔を合わせただけの彼と珠紀は私の知らないところで繋がっていたんだ。

私が彼を珠紀に紹介してしばらく経ったある日、偶然街角で出会った珠紀と彼は何気なく言葉を交わし、ただそれだけならよかったのに、もっとおしゃべりしたくなってそのまま飲みに行ったらしい。

その時、二人はしなくてもいいのに連絡先を交換した。

珠紀は彼と話していると時を忘れるくらいに楽しくて、気づいたら毎日のように電話をし、そのうち二人で会うようになっていったと。珠紀は全ての告白を終えた途端、私の前で泣き崩れた。

私が彼との結婚に浮かれている間に二人は愛を育んでいたの?

何度も謝る彼女に私はかける言葉も自分の感情も失っていた。

これが現実なのか夢なのか、夢ならばどうしてこんな悪夢を見なければならないのかぼんやりと彼女を見つめながら考えていた。

『彼女との出会いは運命だったんだと思う。ごめん、和桜』

珠紀からの告白の直後、彼からのたった一本の電話で私は別れを告げられた。

これほどまでに『ごめん』という言葉の持つ軽薄さを感じたことがない。

電話が切れた後、体中が止めようもないくらいに震えて両手で自分自身を強く抱いた。

今まで味わったことのない感情が一気にあふれてどうしていいかわからなくなる。

私の全てが「無」になったような気がした。

空っぽ。自分の存在がこの世から消えてなくなってしまったような。

幸せなんてそう簡単に訪れるもんじゃないんだ。