Contract marriage ―契約結婚

その時、何か言いたげな吉澤と視線がぶつかった…が…紘一は、そのまま通り過ぎ、部屋に戻って行った…

「…吉澤さん、紘一さん、私にはなんの関心もないのですよね?
あなたとの関係を続けていてもいい…なんて、私はもうそんな気すらおきない…
あの人、私のこと、愛情もない…ってことですよね?」

「……っ」



打ちひしがれるように…そぅ、再び泣き出した悠夏…

ここに来て…、少しでも紘一の愛情を感じられる…と、思っていた…そんな、些細な自分の思いになおも落胆した…

これも…、自分が招いたことなのだ…と、自分の甘さになおも落胆した…

吉澤は、その悠夏に視線を合わせるように、腰を下ろし…

その頬に伝う涙を拭う…


この状況下にいても…、悠夏を気遣う優しさを見せる吉澤…


「あなたも、同じように言われたの?」

「…悠夏さま…っ」

「関係を赦す…って…。
普通なら、怒るはずなのに…
もぅ…、怒ることも出来ないほど、気持ちがない…ってことですよね?」

「それは、悠夏さまを大切に思うから…」

吉澤の言葉に、悠夏は首を左右に振り…

「違いますっ! 愛情があったら…私の不貞を赦すはずないわ…
その相手が、自分の弟だったら…なおさら…
それもこれも…、私が…悪いの…
あの人の気持ちを、踏みにじるようなことを…」

「……っ」

「…関係を赦すって、時々は、3人で…って…どうして?
私は、あの人が分からない…」


気が動転している悠夏に、吉澤はかける言葉も見当たらない…

その震えている手を握りしめることのみだった…

「私が…傍にいます…」

その、自分を見つめる真っ直ぐな瞳に、すがるしかなかった…

「そんな言葉っ!
私が信じると…、思っているんですか?
もぅ…、あなたのことも…信じられません…っ!」

「本当は、違うんです…っ!」

すがるような瞳が、一瞬揺らいだ…

「っえ?」

吉澤に、聞き返した悠夏…

「…兄の…傍にいてあげてください…」

吉澤は、先ほども同じことを言っていた…

「実は…、これは…口止めされていたことなのですが…」

「……っ」

「兄は、胃癌です…」

「…っえ…?」

その、吉澤の口から発せられた言葉に…
紘一の真意がようやく…理解できた…