マリッジリング〜絶対に、渡さない〜


しかし、すぐに電話はかけられなかった。

何を臆病になっているんだ。
私は、大地の奥さんだ。

嫉妬云々の前に、夫が今何をしているのか、まだ帰ってこないのか、その行動を知る権利は少なからずあるはずだ。

そう思い直し、電話の発信マークに触れようとした…その時。

車の音が聞こえ、私は耳を澄ませた。

バタンと鳴る、ドアを閉める音。
するとそれからほんの数秒で、家の玄関がガチャ、と開く音が聞こえた。

大地が、帰ってきた。

心臓の音が、うるさいくらいにドキドキ鳴る。

すぐに立ち上がり玄関に駆けたい衝動にかられたけれど、冷静にソファーに座ったまま急いでテレビをつけた。


『ただいま』

リビングのドアが開くと同時に、大地は私にそう声をかけてきた。
視線はテレビに向けたまま、大地に聞く。

『おかえりー、道路とか病院、混んでたの?』

『え?』

『結構遅かったから、混んでたのかなって』


そう言いながら後ろにいる大地の方を振り向くと、私はすぐに違和感を抱いた。


『上着は?』


家を出る時には着ていたはずのスーツの上着。
しかし、何故か大地はそれを着ていない。手にも持っていなかった。


『あっ、上着…ちょっと汚れちゃってさ』

汚れた?と不思議に思い、首を傾げる。

『実は、リュウ君が病院入る時に吐いちゃって』

『えっ…』

『俺が抱っこしてたから、ちょうど肩のとこにーーー』


身振り手振りを交えながら説明する大地の言葉が、途中から聞こえなかった。

どうして大地が抱っこする必要があったんだろう。

熱がある子を。
吐くほどぐったりしていたはずの子を。

どうしてあの人は、他人に任せていられたんだろう。

私なら、離さない。
例え何も出来なくても、絶対に自分がそばにいる。

大地が率先してリュウ君を抱っこするよと言っていたとしても。

私だったら、弱っている自分の子を他人に抱かせたりはしない。