「もういいんですか?」

タカトたちのテーブルに声をかけに行くと、彼らの話も終わっていたようですぐに青山君が立ち上がる。誰の手筈か私たちの会計もする必要がないという手回しの良さだ。

「じゃあ、俺も帰りまーす」
青山君がコートを手に席を立った。

「おつかれっした」
ペコリと頭を下げ店の出口に向かおうとする青山君。

「あ、青山君待って。私も駅まで一緒に行…」

「あ、朋花さんは専務の車にどうぞ。専務に送ってもらってください。雨が降ってきたし、夜の女性の一人歩きはオススメできませんからね。僕、酔ってるしそもそも朋花さんのこと送っていくつもりはありませんし」

はぁ?
向けられた言葉にひっかかりを感じてこめかみに力が入る。
果菜ちゃんなら送るけど、私は送らないってか。

「待って、それどういう意味ーー」
「じゃお先でーす」私の言いかけた言葉を無視してさっさと出口に向かってしまう。
それは本当にあっという間で、引き留める間もなくその背中を見送ってしまった。

彼の騎士道精神は果菜ちゃんのみに働き、私には微塵も働かないらしい。
ホントに感じ悪いぞ、青山慶太。

「さ、私たちも帰ろっ」の声と同時に果菜ちゃんが私の腕に抱き付くようにぎゅっと両手を回してくる。

「え、あの私は地下鉄でーー」
「ダメよ。一緒に帰るんだから」
果菜ちゃんがニコリと笑った。その笑顔がちょっとだけほんのちょっとだけ黒く見えるのは気のせいだと思いたい。
マズい、捕獲されたと気が付いた。

「ええっと、果菜ちゃん、何してるのかな?」
身体をよじってみるけれど、果菜ちゃんって見かけによらず結構な握力で離れようとしてもびくともしない。
可愛い顔してこの腕っぷしはさすがナース。なんて感心している場合じゃない。

お願い、逃がしてと目で訴えてみるけれど、にっこり笑顔で無視される。

「真島さん、お世話をおかけします。運転お願いします」
私の腕をがっちりつかんでいるのにあくまでも美しい笑顔の果菜ちゃんにいろんな意味で感心したけれど、とにかく逃げなくちゃ。