懐かしい、壱星の家。
生まれた時から、ずっと傍にあったその香り。
「おや、いらっしゃい!久しぶりだねぇ。」
通されたリビングには
壱星のおじさんの姿も見えた。
「こんばんわ、」
ペコ、っと小さく頭を下げると
新聞を手にしたおじさんの顔に、シワが深く刻まれる。
温かい笑顔が、さっきまで心を支配していた緊張を解してゆく。
だけど、緩まったはずの緊張は
その声に、一瞬にして引き戻された。
キイ、と開かれた扉に
ギシっと鳴るフローリングの床。
「母さん、夕飯は?」
そして、その音に反応するように
ドキン、と跳ねた心臓。
振り向かなくても、それが誰だかわかる。
「もう少しで出来るわよ。」
「そう、腹減った。」
でも、気だるそうな声でリビングにあるソファに向かった壱星は
あたしを通り越して、こちらを見ようともしない。
まるで、あたしなんか
見えない空気のように、視界に映そうともしてくれなくて。
次第に募る不安や、虚無感が
あたしの視界を滲ませるように歪んでゆく。
結局、帰るまで
壱星は一度もあたしと視線を合わせてくれなかった。

